2025年10月25日(土)・日本シリーズ第1戦のざっくりまとめです。
概要
- 結果:阪神 2−1 ソフトバンク(みずほPayPayドーム)
- 勝ち投手:村上頌樹(7回1失点)/S:石井大智
敗戦:有原航平(6回2失点) - 試合の流れ:ソフトバンクが1回に近藤健介の適時打で先制→阪神が6回に逆転し、そのまま逃げ切り。
- 入場者:36,882人/試合時間:3時間17分。
ハイライト
- 電光石火の先制:初回、周東佑京が二盗→近藤が中前適時打でソフトバンク先制。周東の機動力を絡めた“らしい得点”。
- 6回・阪神の逆転劇:
① 近本光司が中前打→二盗、
② 中野拓夢のセーフティ気味のバントが三塁線ギリギリに止まり無死一三塁、さらに中野も二盗で無死二三塁、
③ 森下翔太の遊ゴロ間で同点、
④ 佐藤輝明が右中間適時二塁打で勝ち越し。小技と長打を連鎖させた“阪神らしい”攻撃。 - 村上頌樹、尻上がりの快投:初回失点後は7回115球、被安打6・1失点で最小失点に封じる。
- 鉄壁リレー:8回を及川雅貴、9回は石井大智が締める。石井はシーズン連続無失点継続中の安定感で初戦をクローズ。
- 記録メモ:第1戦では周東が打撃妨害で出塁(日本シリーズで6度目の事例)。
村上頌樹の投球は、初回に先制を許して以降を“修正力”でねじ伏せた内容でした。
目次
村上頌樹の投球の概要
- 7回 115球 6安打 6奪三振 2四球 1失点(自責1)で勝ち投手。6回に味方が逆転し、そのリードを守って降板。
- 初回:先頭・柳田に四球→周東に二盗を許し、近藤の中前適時打で失点。ただし直後に川瀬を空振り三振で締め。
- 2回以降:無失点。3回は柳町・近藤を連続の見逃し三振で切るなど、中軸に対してゾーンで優位を作った。
- 5回:2死一二塁のピンチも近藤を一ゴロに抑えて無失点。7回まで最少失点でつなぎ、8回を及川→9回を石井のリレーで逃げ切り。
- 本人コメント:「(マウンドの感触に)合わせるまで時間がかかったが、2回以降は粘りの投球ができた」──NPB公式デイリーリポートより。
どこが良かったか(ポイント)
- 立ち直りの速さ(初回失点→即修正)
初回は四球+機動力で掻き回されたが、直球主体でカウント先行→変化球で決める形に切替。以後6回まで得点を許さず、試合を“耐える”モードに持ち込んだ。 - 中軸への対応(配球の質)
近藤に先制適時打を許した後、3回は見逃し三振、5回は一ゴロに打ち取って再発防止。柳町にも見逃し三振を与えるなど、ゾーン端の出し入れで見極めの良い打者を封じた。 - ビッグイニング回避(失点の最小化)
5回二死一二塁という同点・逆転の芽が出る局面で中軸を断ち切り、ゲームが動く6回の逆転を“呼び込む”投球に。「1点で止める」というシリーズ初戦で最重要の仕事を完遂。 - 球数管理と終盤の質
115球で7回まで。四球は2つに抑え、走者を出してもゴロと三振を織り交ぜてテンポ良く進行。救援陣(及川→石井)に最小差で橋渡しできたのが大きい。
また2回に投じた“59km/h”の超スローボールは流れを戻すための決定打でした。影響を3つの層で整理します。
① 打席(ミクロ)での効果
- 状況:2回裏・2死走者なし、9番・牧原。
- 初球:59km/hの超スローカーブで見逃しストライク→0-1と先行。報道でも「59キロ」を確認できます。
- 結末:この打席は三ゴロで終了。つまり“超スローでタイミングをズラす→次球で凡打”の最短形でイニングを締めました。
② イニング~数イニング(メゾ)への波及
- 2回裏は野村・海野を連続で打ち取り、最後を超スロー→凡打で3者凡退。村上はここで完全に呼吸を整え、以降リズムを掴みます。
- 3回裏には中軸の柳町・近藤を連続見逃し三振。極端な緩急を“見せ球”にして、ゾーンの出し入れで主軸の目を凍らせた配球設計がハマりました。
- NPB公式の第1戦リポートでも、村上は「2回以降は粘りの投球」と自己評価。初回失点後の立て直しに、この緩急の提示が寄与したと読むのが自然です。
③ 試合全体(マクロ)での意味
- 村上は7回115球・1失点で勝ち投手。初回に先制を許しながらも、2回の“超スロー提示”を境にゲームを完全に引き締め、6回の阪神の逆転を呼び込む“最小失点の橋渡し”を実現しました。
- なお、村上は10/15のCS第1戦でも64km/hを投じて話題に。短期決戦で“ごく稀に混ぜる”極端な緩急が彼の近年の戦術オプションになっていることの裏付けです(この時は死球)。
要約
- その一球で0-1を作り、最短でイニング終了 → 守備時間を短くし、流れを“静”に戻した。
- 以降は中軸へも主導権(連続の見逃し三振)→“緩急の見せ球”が効いた。
- 結果として7回1失点の粘投に直結し、阪神の逆転勝ちの土台を作った──この文脈で、59km/hは戦術的・心理的な分岐点でした。
